【神性喜劇】 日本編

火の神を生む

もっともっと人間の役に立つ子を生みたい──イザナミのそんな願いは思わぬ事態をもたらしました。

これまでイザナミの出産はずっと安産でした。陣痛は苦しいものではありましたが、生み終わって生まれた子を見ると、その苦しみも嘘のように癒えていくのでした。

ところが、ある時、そんな出産に異変が起こりました。

「あ! ああ! 熱い!」

イザナミの苦しみようは、これまでとは違います。

「熱い! 熱いの! ああああ!」

イザナミは今までにない苦悶の表情でもだえ苦しんでいます。

「イザナミ、しっかりするんだ。」

イザナギがそばでイザナミの手を握って励ましますが、イザナミの苦しみはますばかりです。

「ああああ! 燃えるー!」

イザナミのホトから出てきたのは火の神だったのです。名前は火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)と付けました。

人間にとって、火がどれほどありがたいものであるかは言うまでもありません。しかし、これがイザナミがホトから生む最後の神様になってしまいました。

病に倒れてもお前は美しい

「こいつが…、こいつが、お前をこんなに苦しめていたのか…。でも、もう生み終わったのだから、安心し…。」

しかし、イザナギはイザナミのホトを見てハッとしました。

あんなに潤いに満ちて、愛液を滲ませながらイザナギを受け入れ、共に何度も絶頂を味わったあの美しいホトが、見るも無惨に焼けただれてしまっていたのです。

「イザナミ!」

「ああ…、あなた…。」

イザナミは力なくつぶやきました。

「わたし…、もう…、だめかも…。」

「イザナミ、そんなこと言うな!」

イザナミは何か答えようとしましたが、喉の奥からこみ上げてくるものが口をふさいでしまいました。

「うっ…。」

イザナギはあわてて背中をさすってやりました。

「うえっ…。」

イザナミは胃の中のものをすべて吐き出し、あたりには酸っぱい匂いが立ちこめました。

「はぁ…、はぁ…。」

「大丈夫か。吐きたい時は吐いた方が楽になる。」

「わたし…、こんなに…、汚い…。」

「何を言う。お前の多具理(タグリ)など、汚くない。」タグリとは、吐き出したもののことです。

「お前は病に倒れても美しい。」

そう言って、イザナギはイザナミの目をじっと見つめました。

「うれしいわ…。」

イザナミはその目を見返して静かに笑いました。

「嘘でも…。」

イザナギは首を横に振りました。

「嘘なんかじゃない。そんなお前に、おれは感じているのだ。」

イザナギの言葉通り、イザナギの股から立ち上がるモノがありました。

「でも…、わたし…、もう…。」

「心配するな。お前の身体が治るまでは自分でやってみる。これまでお前と交わした行為を思い出しながら…。」

イザナギはあくまでイザナミが治ると信じて、自分のモノを自分の手で握り、優しくなで回したり、きゅっとつかんだりしました。

これまでのセックスが走馬燈のようによみがえってきます。

イザナミが先にイッて不満だったことも今となっては懐かしい思い出です。イザナミの火照るところを「ホト」と名付け、言葉責めもしてみました。前から後ろから、下から上から、思う存分に互いの肉体をより感じるように開発しました。

添い寝だけのはずだったのに我慢しきれずやってしまったことも…。近江に旅をして琵琶湖の水辺でたわむれた時のことも忘れられません。

「あ…、ああ…、あ…な…に…や…しィ!」

イザナミが感じた時の声が、顔が、肉体の震えが思い起こされ、イザナギの肉体を駆けめぐりました。

「ん…、ん…、ん…!」

ぴゅ、ぴゅ、ぴゅ。

イザナギの精はあたり一面に振りまかれ、タグリの上にも降り注ぎました。

すると、そこから二人の神様が生まれました。

金山毘古神(カナヤマビコノカミ)と金山毘売神(カナヤマビメノカミ)です。二人とも鉱山の神です。

最後の力を振り絞るイザナミ

「ほら、イザナギ、見るんだ。お前のタグリから新しい神が生まれた。お前に生きる力がある証拠だ。」

イザナミはうれしそうに微笑みました。

「人間が…、もっと…、幸せに…、なるわね…。」

イザナギはイザナミが元気を取り戻したように見えました。

「そうとも、山から石を掘って、それを焼けば、新しいものが生み出せる。人間はもっともっと豊かになるんだ!」

イザナギはイザナミの身体をぎゅっと抱きしめて言いました。

しかし、イザナミに回復の兆しがあるように思ったのは、イザナギの思い違いでした。

イザナギに抱かれながら、イザナミの目は次第に焦点を失い、身体からはどんどん力が抜けていきました。そして、ついに股からは糞尿が漏れ出してきました。

「…。」

イザナミは何か言おうとしたようですが、言葉にはなりませんでした。

しかし、なんと、そこからも神が生まれてきたのです。イザナギの精はそれほどまでに力強くイザナミが出したものすべてと結びついたのでした。

  • 屎(クソ)からは、粘土の神様、波邇夜須毘古神(ハニヤスビコノカミ)と波邇夜須毘売神(ハニヤスビメノカミ)
  • 尿(ユマリ)からは、水の神様、彌都波能売神(ミツハメノカミ)と和久産巣日神(ワクムスビノカミ)
  • ワクムスビからは、のちに食べ物の神様、豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ)

イザナミはこうした神々が生まれたのを見て安心したのか、静かに目を閉じました。そして、その目は二度と開かれることはありませんでした。

イザナミは今際の際まで神を生み続け、その力を使い果たし、ついに神避(かむさ)ってしまいました。

「イザナミ! イザナミ!」

イザナギは叫びました。

「愛しいわが妻よ! お前はこの子一人に代わろうというのか!」

生まれたばかりの火の神はいったい何が起きたのかわからずにきょとんとしています。

イザナギは泣きました。イザナミの枕元で腹ばいになって泣き、また足下で腹ばいになって泣きました。

その涙からは泣沢女神(ナキサワメノカミ)という神が生まれました。

イザナギはイザナミを、出雲(島根)と伯耆(鳥取)の境にある比婆乃山(ひばのやま)に葬りました。




【神 喜劇】 日本編 Vol.17

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