【神性喜劇】日本編Vol22 イザナギ最後のミッション

【神性喜劇】 日本編

彷徨い歩くイザナギ

イザナミに永遠の別れを告げたイザナギは、失意に暮れながら出雲の地を後にしました。

どこをどう歩いたのか自分でもわからないまま、気が付いたら筑紫にやって来ていました。

暗くじめじめした黄泉国に行ってきたイザナギは無意識に光を求めていたのかもしれません。

筑紫は四人の神が合体した島で、彼らの名前にはみな「日」という字が付いています。それほど日の光に満ちた島なのです。

イザナギは身体をうんと伸ばして思う存分陽光を浴びると、あらためて自分がとても汚れていることに気が付きました。

体中にヨモツシコメたちの愛液や唾液、そしてつぶれたウジがへばりつき、異臭を放っています。

「うわ…、おれは、なんて醜い汚れた国に行ってきたんだ。早く身体を洗わねば。」

イザナギはそう言って、身体を洗うのにふさわしい場所を探しました。すると、清らかな川が流れているところを見つけました。そこは小さな港のある阿波岐原(あわきはら)という土地です。

イザナギはその岸辺で、持っていた物や身につけていた物をすべて捨ててしまいました。

イザナギのたくましい筋骨隆々とした裸身が姿を現しました。しかし、それをうっとりと眺め、寄り添ってきた妻はもういません。

イザナギは天を仰いでつぶやきました。

「この旅はいったい何だったんだろう。」

まだまだこの国にはイザナミが必要だと思って黄泉国まで連れ戻しに行ったのに、結果としてイザナミをヨモツ大神に変えてしまい、人間たちには恐ろしい呪いが降りかかりました。よかれと思ってしたことが、ことごとく裏目に出てしまったのです。

「イザナミー!」

返事を返してくれる者などいないと知りながら、イザナギは大声で妻の名前を呼ばずにはいられませんでした。ヨモツ大神と化したイザナミにはもうおぞましさしか感じませんでしたが、記憶の中にはまだ愛しい面影が残っているのです。

愛が消滅した所に憎悪が生まれるのではありません。ただただ無関心になるだけです。憎悪は愛の別の形なのです。そういう意味では、イザナギはイザナミを憎みながらも強烈に愛していました。

そして、イザナギが一生涯知り得ないイザナミの愛と憎しみも同様。

妻を呼ぶ自分の声が小さくこだまし、やがて静けさの中に消えていきました。

寂しさを嘆いてもしかたがありません。イザナギは、せめて人間たちが旅の困難から身を守れるようにと願いました。

この時、イザナギが捨てた杖、帯、袋、衣、袴、冠、両手の腕輪から十二の神様が生まれました。

  • 杖からは、衝立船戸神(ツキタツフナドノカミ)
  • 帯からは、道乃長乳歯神(ミチノナガチハノカミ)
  • 袋からは、時量師神(トキハカラシノカミ)
  • 衣からは、和豆良比能宇斯能神(ワズライノウシノカミ)
  • 袴からは、道俣神(チマタノカミ)
  • 冠からは、飽咋之宇斯能神(アキグイノウシノカミ)
  • 左の腕輪からは、奥疎神(オキザカルノカミ)と奥津那芸佐毘古神(オキツナビサビコノカミ)と奥津甲斐弁羅神(オキツカイベラノカミ)
  • 右の腕輪からは辺疎神(ヘザカルノカミ)と辺津那芸佐毘古神(ヘツナギサビコノカミ)と辺津甲斐弁羅神(ヘツカイベラノカミ)

これらの神様は陸路と海路の難儀から身を守るのだと言われています。

禊ぎから生まれた神々

イザナミは清らかな水で身体をそそぐことにしました。この「身をそそぐ」ということから「禊ぎ」という言葉が生まれたのです。イザナミは川を見渡しました。

「上流は流れが速く、下流は流れが弱い。中流がよさそうだ。」

そう言うと、川の中ほどのところに飛び込み、そのまま身を沈めました。水の流れが身体にこびりついた汚れを引きはがしていってくれます。

心地よさに浸っていたイザナギでしたが、その汚れから、八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)と大禍津日神(オオマガツヒノカミ)という神様が生まれてしまいました。

これは名前の通り、たくさんの災厄や大きな災厄をもたらしかねません。

「これはまずい!」

イザナギはさらに禊ぎを続け、その災いを直す神々として、神直毘神(カムナオビノカミ)、大直毘神(オオナオビノカミ)、伊豆能売(イヅノメ)を生みました。

マガツ神たちとナオビ神たちが共にいることでなんとかバランスが取れ、災厄はコントロールされることになったのです。

イザナギはさらに川の底と中程と表面の三カ所で禊ぎをおこないました。すると、それぞれの場所で二神ずつ、合計六神の海の神が生まれました。

このうち、次の三神はからは海人族である安曇(あずみ)氏が生まれることになります。

  • 底津綿津見神(ソコワタツミノカミ)
  • 中津綿津見神(ナカツワタツミノカミ)
  • 上津綿津見神(ウワツワタツミノカミ)

安曇氏は博多湾の志賀島を根拠地とし、海上交通を司った一族です。志賀島には、この三神を祀る志賀海神社があります。

そして、次の三神は墨江(すみのえ)の住吉大社に祀られています。

  • 底筒之男神(ソコツツノオノカミ)
  • 中筒之男神(ナカツツノオノカミ)
  • 上筒之男神(ウワツツノオノカミ)
大阪には、墨江(すみえ)、住之江(すみのえ)、住吉(すみよし)といった地名がありますが、みな同じ「スミノエ」という言葉から由来しています。

日本の神社に祀られている神は、子孫が祖先を祀る氏神と、祀らなければたたりをなすたたり神とに大別されます。子どもの成長を願ってお宮参りや七五三をするのは本来は氏神の方です。

ワタツミ三神は安積氏の氏神です。一方、住吉三神はたたり神です。かなり後の話になりますが、住吉三神の神託を軽んじた仲哀天皇が突然死するという事件が起こっています。

イザナギの禊ぎからどうしてこの二種類の神々が生まれたのかはわかりません。もしかするとイザナミへの相矛盾する気持ちが分裂してそれぞれの神に成ったのかもしれません。

忘れられない面影に

こうして禊ぎによってたくさんの神を生んだイザナギでしたが、まだ心は晴れません。

水に映る自分の顔をぼんやりと眺めていると、自分の目の中にイザナミの面影が見えるような気がしてきました。

「そういえば、あの時、お互いの目の中に誰かがいると言い合って諍いになったっけ…。」

今となっては懐かしくも切ない思い出です。イザナギの目の中にいた美しい女性はイザナミでした。イザナギは今も自分の目の中にあの時のイザナミが住んでいるような気がしてなりません。

水の流れがイザナギの身体を軽やかに刺激します。その波打つ水の動きに、イザナギの局部が感応し始めました。

「ん…、んん…。」

そして、イザナギの身体全体が火照ってきました。冷たいさらさらした水のはずなのに、イザナギの全身にねっとりとからみついてくるのです。イザナミは自分の身体全体が一個のホコとなり、愛液に満ちたイザナミのホトに包まれているような気がしてきました。

「あ…、ああ…、イザナミ、イザナミー!」

イザナミの名を何度も呼びながら、イザナギは絶頂へと達しました。

心地よい疲れを感じながら、イザナギは左の目を洗いました。すると、そこからイザナミにそっくりの女神が生まれたのです。

「おお、やはりお前はおれの目の中にいたのか!」

イザナギは喜びと感動でこの新しい女神の誕生を受け止めました。名前は天照大神(アマテラスオオミカミ)としました。太陽のようにありとあらゆるものを照らすようにと。

さらに右の目を洗うと月読命(ツクヨミノミコト)が生まれ、鼻を洗うと建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)が生まれました。

三人とも、これまでに生まれたどの神よりも美しく生命力に満ちあふれています。

イザナギはこの三神の誕生にようやく満足を覚えました。

「そうか…。あの旅は無駄ではなかったのか。もしかして、この三神を生むために必要な試練だったのかもしれない。」

イザナギはアマテラスに首飾りの玉の緒を渡して、「お前は高天原を治めるように」と言い、ツクヨミには夜の食国(オスクニ)を、そしてスサノオノミコトには海原を治めるようにと告げました。

アマテラスとツクヨミは天鳥船に乗り、カグツチの血から生まれたタケミカヅチを護衛として天空へと飛び立って行きました。海原の支配を命じられたスサノオは地上に留まり、二人を見送っています。

この采配が後にとんでもない事態を引き起こすことを、イザナギはもちろん、神々の誰も知ることはありませんでした。

(つづく)




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