目次
「イザナミ、先にイッちゃいけない!」
雑念に捕らわれたイザナギ
イザナミが絶頂に達しようとしていたその時、イザナギの方は、イザナミほどには心と体が一体にはなっていませんでした。
イザナギは使命を授けられた後、密かに先輩の神々から様々な戒めを聞いていました。
- 「男の方が背が高く、がっしりしていて、力も強い。」
- 「女は背も低く、きゃしゃで、か弱い。」
- 「だから何事も男が女を導くべきなのだ。」
- 「子作りは男がちゃんと精を放出してこそ成る。」
- 「使命を果たすために一番重要なのは男がイクことなのだ。」
- 「女が気持ちよくなることと使命とは関係ない。」
- 「しかし、女に痛い思いをさせてはいかんぞ。」
- 「女に嫌がられては一回切りで終わってしまう。」
先輩たちの言うことに、一貫性があるのか、ないのか、イザナギにはよくわかりません。しかし、少なくとも先輩たちは経験済みで、自分は未経験です。イザナギは先輩たちの言葉を素直に受け取りました。
実のところ、先輩の神々は、後輩に何か言えるほど経験豊かなわけではありません。しかもその言葉はみな抽象的な訓辞のようなものばかりでした。
具体的にどうすればいいのか、イザナギがそれを学んだのは、天の沼矛とセキレイからだけでした。
イザナギは、自分が頑張らねばと一生懸命です。その甲斐あって、どうやらイザナミを満足させることができそうです。
しかし、自分自身はどうかというと、「男が導くべき」「使命を果たすべき」「ちゃんと精を放出すべき」「…べき」「…べき」「…べき」と雑念が次々と湧いてきて、かえって、気持ちと身体がちくはぐになってしまいました。
「イザナミ、先にイッちゃいけない!」
そんなイザナギの様子を気にかけることもなく、イザナミは自分の身体の波の赴くままに気持ちを委ねていました。
「あん…。あっ…。ん〜! いやっ!」
「イザナミ、先にイッちゃいけない!」
イザナギは思わず叫びました。自分が精を放出すると同時に、一緒にイキたいと願っていたのですが、イザナミはもう止まりません。
「いい!」
イザナギがまだイッてないのに、イザナミは恍惚の叫びをあげながら激しく揺れ動いた後、糸が切れたように静かになってしまいました。
イザナギはイザナミの身体から力が抜けたその後で、自分も精を放出しなければという義務感から、上下運動を繰り返してなんとか絶頂にもっていきました。
「あ…な…に…や…しィ!」
古事記では、イザナミが先に、そしてイザナギが後から「あなにやし(阿那邇夜志)と言ったと、わざわざ万葉仮名を使ってこの言葉が記録されています。
イザナミの喘ぎ「あん…。あっ…。ん〜! いやっ! いい!」は続けると「あなにやし」と聞こえませんか。
こうして二人の初めてのセックスは終わりました。
しかし、イザナミが先にイッたのは、イザナギとしては不満でした。イザナミはまぐわいをめいっぱい堪能したのに、自分はなんだか子作りのためにあわただしく精を出さざるを得なかった感じがしたからでした。
一方、イザナミは夫のこんな不満に気付くことなく、自分が恍惚を得た感覚に浸っていました。
初めての子どもは水蛭子
イザナミに初めての陣痛がやってきました。あれほど快感の波に遊んだ身体が今度は苦痛の波に苛まれるのです。
「う…う…。」
「イザナミ、しっかり。」
イザナギがそばで手を握って励ましてくれますが、生むのはイザナミです。
「ああ…、なぜ、わたしばかりがこんな苦しみを?」
「おれが代わってやりたいくらいだよ。」
「代われもしないのにそんなこと言うなんて!」
そこでようやく赤ん坊が生まれました。
ところが、赤ん坊はなんだかとても小さくグニャグニャして、まるで骨がないようです。
二人は初めての子には「昼子(ひるこ)」という名前をつけようと思っていました。昼のお日様のように輝かしい子という意味です。
しかし、がっかりした二人は「水蛭子(ひるこ)」という名前にしてしまいました。
水蛭子は三つになっても足が立たず、とうとうイザナギとイザナミはこの子を葦の船に乗せて海に流してしまいました。
無慈悲なようですが、二人に与えられた使命は国を作ることです。その使命を果たすことが先決だったので、水蛭子は子どものうちには入れないことにしたのでした。
次の子作りで、今度こそイザナギはイザナミと一緒にイきたがったのですが、またしてもイザナミの方が先にイッてしまいました。
「イザナミ、自分のことだけ考えず、辛抱してくれよ。」
「そんなの無理。とても我慢できないわ。」
次に生まれたのは、泡のような粒ばかりで、子どもの形すらしていませんでした。「淡島」と名付けられ、これも子どものうちには入れませんでした。
このままでは使命が果たせません。それで二人は何が問題だったのかと、天界にお伺いを立てることにしました。
【神 性 喜劇】 日本編 Vol.4